2016年02月16日

いとかなし

今日はまた普通の冬晴れの日に戻りました。
風も冷たく、それが心地よく、
「こんな日の挨拶はどうするんだろう」と思います。
不肖の息子とはまさに僕のこと、
学者の家に似つかわしくない (?) 稼業は水商売、
「なんで」とよく聞かれますがこっちが聞きたい (笑)
まあ、若い頃、後先考えず好き勝手やった結果でしょうね。

父の古典講座では、
まず第一声にお日柄のご挨拶、
「〜〜の日によくお運びいただき、ありがとうございます」と始まるのですが、
これがなかなか乙なもの、
ボキャブラリーのない僕にはとっても出ない文句です。
この辺からしてまず勉強不足、おまけに敬語です。

まともに敬語を使える人は少ないでしょう。
昨夜いらしたお客様のお友達は日本語学校の先生をしていて、
「日本語を習っている外国人のほうが」
「敬語をきちんと使える」と仰ったそうですが、
なるほど心当たりがあります。
なんとも情けないところですが現実、
接客業をしている僕でさえ、間違って使うことしばしば、
慌てて検索してみたり (笑)
しかし悲しいかな、にわかに入れた知識ほど薄いものはありません。
一夜漬けならぬ、一瞬漬け。

悲しいと言えば、
今日の古典講座は、いよいよ光源氏の実行編というか、
男同士の長々とした女性の噂話から、
舞台は、ある屋敷に移り、光源氏が中流の女性と出逢うシーン、
「空蝉」になる前のところ、
その女性の弟のことについて本文に、
「いとかなしくしはべりけるを」とありました。
かなしく、とは、現在の悲しいではなく、
かなし、愛し、いとしいとか、かわいいの意味、
こんなのも、遠い昔、古文の時間に勉強したのでしょうが、
すっかり忘れていました。

昨夜のお客様はしばらくぶりでした。
「おかわりございませんか?」と尋ねたら、
「ええ、こちらは」と、
「マスターは?」と聞き返されました。
僕も「ええ」
それだけではつまらないので何か付け足そうと、
無意識に口から出た言葉が、
「こうやって」
「店をやっていることが」
「変わらない証拠です」でした。
憎まれ口ですかね (笑)

決してそんなつもりはありません。
相手もわかったようで、
「そうよね」
「今の時代、やれているだけで凄いわよね」と。
10年来のお客様です。
草原のこともご存知で、ロシア語の草原のことを話すと、
「マスター、私も歌いたい」
随分久しぶりだったので一箇所怪しいところがありましたが (笑) 完唱、
良い時間を過ごしました。

草原は、言わずもがな、小さな、名もない少し汚れた花 (野草)の話。
この花も、「いとかなし」でしょうね。
posted by セキシュウ at 21:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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