まだカラオケボックスをやってる頃のことですから、30代後半、
全くの拙い腕でしたが、
それでも出来たのは歌手の方にファンが大勢いて、
ライブハウスを満席にできる力があったからだと思います。
以前からブログをお読みの方は、
僕がどうしてその歌手と知りあったか成り行きをご存知、
たまたま北区のボランティア祭りでピアノを弾いていたら、
ライブハウス、赤羽ウッディーのオーナーから声をかけられたことは、
今思い起こせば大きな転機でした。
女性に年を尋ねるなど失礼で、
その歌手の年齢は定かではありませんが、
多分、僕より10才は上でしょう。
AMANEになってからもその方と定期的に、
お客様は彼女の同年代から上、ちょうど今の僕くらいか、
彼女の歌に涙を流す方がいたのですが、
正直なところ不思議でした。
曲目は全てカバー、僕には、
「ああ、これはあの人の歌だね」くらいにしか聴こえない、
歌唱力はもちろん素晴らしい、
でも、曲を聴いて感動するは、まあ、ありとしても、
「泣くなんて・・・」
自分が悲しい思いをして泣くならわかります。
そうじゃなく、
たまたまライブで聴いた歌で、
「泣きますか?」
今の話ではありませんよ。
40代前半の話 (笑)
半世紀、50過ぎてやっとわかりました。
人生は、悲しみが募っていくもの・・・
だから、
ふとした瞬間、
何かのきっかけで悲しかったことが甦り、
例えば、歌のあるフレーズで、
泣けてきてしまう。
おぐのあかりで肢体不自由の利用者さんが、
みんなで唄っているとき、急に泣き出しました。
それを見ていた理事長の川口さんが、
笑いながら言った言葉を今でもよく覚えています。
「涙を流すのは」
「いいことなんですよ」
その川口さんですが、先日ある用事であふネットへ、
経営する「おぐのあかり」の裏に、

また一棟、障がい者が住むグループホームを建築しているところを、
案内してもらいました。

同い年、地域の為に頑張ってます。
別会社を作り、
あちこちから資金を借りてやっていると言ってました。

「う〜ん」
「50代、まだまだこれから・・・」
川口さんの挑戦する姿勢に奮い立ちました。