2017年05月31日

作曲の理由

やっとと言うか早くもと言うか、5月が今日で終わりです。
そんな感覚になるのも、日々何かを思い過ごしているからで、
特に変わり映えしない一日でも長かったり短かったり、
確かなのは、振り返れば早いということだけです。

昨日の話の続きになりますが、大山へ買い物、
途中に東武東上線の踏切があり、
十条のそれと同じような感じ、
その手前から、右手に大きな、まるでホテルかオシャレな高級マンション、
館内にはガラス張りのカフェのようなものも見え、
それこそが病院、時々通るので知っています。

夕方、人通りはあります。
中学校の部活の音、竹刀が当たり威勢の良い声は剣道部か、
床がキュッキュッと鳴り、ボールの弾む音はバスケ部かバレー部か、
向こうから車椅子を押したお年寄り、
乗っているのもお年寄り、
おまわりさんが踏切を先頭に立って自転車で渡ってくる、
パチンコ屋から不機嫌にくわえ煙草で出てくる男性、
大きな字で値段の書かれた安売りスーパーの前は人だかり、
「ああ、これだけで曲になるなぁ・・・」
もしかしたら自分は、
「作曲依存性?」
いや、思ったのは事実ですが、作ってはいません。
ご心配なく (笑)

宇多田ヒカルさんの課題曲に思いを馳せています。
今回、さわうたで取り上げた曲は、
まだ唄っていない方もいらっしゃるので曲名は書きませんが、
宇多田さんにとって思い入れの深い曲、
もちろんアルバムの中、どれもがなのでしょうが、
特に曲の作れなかった時期、母親の藤圭子が自ら命を絶った以降、
1年間くらいと何かの記事で読みましたが、
ようやく出来たのが、今回の課題曲なのです。

これは、偉大なアーティストと並べて大変失礼ですが、
僕も同じでした。
「小高い丘」の後、
茂雄を突然亡くしてから全く作れなくなった、
友人にしてそうですから、もし肉親だったらどうでしょう。
しかも自ら・・・です。

これも記事で読んだ受け売りですが、
宇多田さんが作曲を始めた理由は、
お母さんを驚かせる、喜ばせるためだったそうです。
僕も、そう、
「小高い丘」は茂雄を喜ばせるためだった・・・

と、まあ、そんなこと、
半ばどうでもよいこと (笑) を、日々思って過ごしているので、
一日が長かったり短かったりするわけです。
いよいよ明日から6月です。
posted by セキシュウ at 20:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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